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うーん。

今日は、ケニー・オメガ選手について

ちょっと語ってみたいなーと。

 

ここのところ、ケニーのインタビューがたくさん配信されて、興味深く見たのですが。

インタビューを聞くと言うよりは、訳されたものを読んでいるわけだけれど、ケニーの語る一言一言は、とても正直で真っ直ぐなものの見方をして、考えも深く、自己の証明をすべくプロレスに心血を注いでいるのがよくわかる。

 

話はそれますが、

最近、私がまたプロレスにはまる前に読んだ棚橋さんの著書、[なぜ新日本プロレスを変えることができたのか]を読み返していたのだけど。

それに照らして、ふと思ったのは、

ケニーや外人選手はやどかりで

棚橋さんや内藤さんは、かたつむりみたいなものだなーと。やどかりは、貝を大きなものへと移っていくけれど、かたつむりは、自分の殻を大きくして成長していく、、、それを新日本プロレスと置き換えたら、おのずと違いがはっきりわかる。

この本には、いかに棚橋さんが新日本プロレスを大事に思ってるか、末長くプロレスを愛してもらうにはどういうプロレスをすべきか。

そういうことが書かれているのだけど、

改めて読むと、その棚橋さんの意を、今、体現しているのは、まさに内藤さんなんだよね。

ポジションは、変わっても、志はそのまま。

 

まだ、どうなるのかはわからないけれど、ドームのメインは、ケニーとオカダさん。

新日本プロレスの発展のためには、このカードがありきなのだろうなと頭で理解は出来るけれど、気持ちの方は、やっぱり切ないかな。

オカダさんの新日本を背負っていくという言葉は、なぜか響いてこないんだよね。こないだの週プロの服部さんのコーナーで、服部さんでさえ、オカダはいつかWWEにいくのかな、なんて言ってるくらいだしね。ケニーも、自分のままWWEで受け入れられる時を待ってるような気がするしね。

  

そして、本の話に戻ると、このなかで棚橋さんは、[技を多く繰り出すのは、いいことではないと。ひとつの技を味わってもらう間が大切。技を多用するプロレスは、飽きられてしまう]と書いています。

ケニーはG1で、これでもかという程の技のオンパレードをし、自分の凄さを見せつけたけれど、それは、プロレスのセオリーとしたら、とっても邪道で自分本位なスタイルだったのかなと思ったりもし。一時のブームになりかねない長く愛してもらうプロレスとは、真逆のアプローチだったのではないかと。

まさに、ケニーの伝説のためのプロレス。

 

プロレス業界って、なんだか裏切ったり出戻ったりがあたり前で、興行的に儲かるのならなんでもありみたいな節操のないところのようだから、新日本プロレスの生え抜きよりも、お金になりそうな外部の者を、平気で呼んじゃうんでしょうけど、またそれが楽しみなファンの方々がたくさんいるんでしょうけど、、、。

新日本プロレスを大事に、日々貢献している方々を、会社側からも大事にして頂きたいなぁなんて思ったりしてますが。ビジネスという言葉の前には、甘い甘いセンチメンタリズムなんでしょうねー。